【相続税・贈与税】家族信託と成年後見制度

こんにちは、練馬区中村北の税理士、田中慧です。
私が読んでいる業界誌のひとつに「税務弘報」という雑誌がありますが、2025年4月号の特集として「民事信託」が取り上げられていました。
今回は民事信託について触れていきます。

目次
  1. 初めに
  2. 民事信託と成年後見制度の定義
  3. 民事信託と成年後見制度の比較
  4. 終わりに
1.初めに

民事信託は家族信託とも言われたりしますが、親などが自分の持つ財産の管理や処分を、本人の利益のために信頼できる家族(親族)に任せる仕組みです。
将来の相続を意識する前に、まず高齢になった親の財産管理をどうしたら良いのかご不安になる方も多いのではないでしょうか?
相続“税”対策というと、一般的には生前贈与で現預金や不動産を子らに移転させたり、現預金やローンで不動産を買って評価額を下げたり、養子縁組の検討をしたり、小規模宅地等の特例の要件を満たすように準備したりすることなどを指しますが、相続対策というと相続税対策も含めた相続手続きが円滑に進むように、公平な遺産分割や納税資金確保など相続全般に関する様々な問題の解決を目指すことを指します。
後者の手段のひとつである家族信託は、主に①認知症対策、②2次相続(数次相続)対策、③資産の共有対策として期待されています。
今回は、その中でも超高齢社会の課題である認知症対策の仕組みとして、民事信託(家族信託)と成年後見制度について見ていきます。

2.民事信託と成年後見制度の定義

(1)民事信託
財産の管理・運用を託す人(親など)を「委託者」、財産の管理等を託された人(子など)を「受託者」、託された財産から生じる権利を持つ人のことを「受益者」と言い、委託者(親など)が自己の財産を「信託契約」に基づいて信頼できる受託者(子など)に移転し、受託者(子など)はその財産を予め定めた目的や条件に従って管理・運用する仕組みを民事信託と言います。
信託財産は個別に指定することができ、信託契約書には帰属権利者(将来の所有権を持つ人)を定めることができ、委託者に相続が発生した際には遺言と同じように使えます。
今回は、民事信託(自益信託)として親を委託者兼受益者、子を受託者とし、親名義の不動産を子が管理するケースを考えてみます。
なお、形式的な所有権(管理する権利)が子に移転するだけなので、この場合は受益者(不動産の所有権と利用料などをもらう権利を持つ者)は親になります。

(2)成年後見制度
判断能力が著しく不十分な成年者(被後見人等)の権利保護と財産保全を支援する公的な制度で、家庭裁判所により選任された後見人が代わり財産管理や法的な手続きを行い、被後見人等の利益を守ります。
特定の親族を成年後見人等として申し立てた場合、その親族が選定されることもありますが、必ず選定される訳では無いため、確実に親族を管理者にできる民事信託とは異なります。
なお、親族以外の後見人には、司法書士や弁護士などが選定されます。

3.民事信託と成年後見制度の比較

主な論点の比較表は、以下のようになります。

民事信託(家族信託) 成年後見制度
所有者 信託財産から生じる収益の受益者(親) 被後見人等(親)
目的  委託者の意思による財産管理、資産承継、事業承継 判断能力が不十分な成年者の権利保護、財産保全 
利用方法 司法書士、弁護士に依頼 家庭裁判所に申し立て
登記 信託登記が必要 不要
管理報酬 受託者に対する酬報
後見人に対する報酬
【贈与税】 自益信託は非課税 課税関係なし
【不動産取得税】 自益信託は非課税(地方税法第73の7第3項) 課税関係なし
【登録免許税】 固定資産税評価額の0.3%(土地)または0.4%(建物) 課税関係なし
 

【所得税】信託した賃貸不動産から生じた損失の取り扱い

 

他の不動産所得と通算不可、損益通算と繰越控除も不可(法措41条の4、41条の4の2、措令26の6の2)

 

他の不動産所得との通算OK、損益通算と繰越控除あり

財産の処分 信託契約に従い受託者が判断できる 家庭裁判所の許可が必要
【所得税】居住用財産の譲渡をした場合の特別控除(措法35条第1項) 適用あり 適用あり
【所得税】空き家に係る譲渡所得の特別控除(措法35条第3項) 適用無し 適用あり

情報が多く、ごちゃごちゃ入り組んでいて分かりにくいかもしれませんので、時点ごとに区切って説明していきます。

(1)開始時
家族信託を組む時は、司法書士等に依頼し信託契約書を作成してもらいます。そして、信託されたことを明らかにするために登記をすることになりますが、ここで注目すべきは贈与税と不動産取得税と非課税である点です。
財産を託す人(委託者)と財産の権利を持つ人(受益者)が同じため贈与税は非課税とされ、不動産取得税も形式的な所有権の移転であるため非課税とされます。
ただし、信託を組む時に登録免許税が0.3%または0.4%かかってしまいます。
成年後見人制度は、所有権自体は被後見人等(親)から移転しないため、利用時には申し立て費用以外はかかりません。金額的に見ると家族信託が不利ですが、それ以上に柔軟な管理と運用ができるのが家族信託の利点です。

(2)信託期間中
家族信託の組成が終わり、信託期間に入ると所得税の取り扱いが大切になります。
家族信託も成年後見制度も、所有者は親のまま変わっていないため、財産が賃貸不動産の場合、親の所得として確定申告をしていくことになります。(実質所得者課税の原則)

①家族信託で信託された賃貸不動産所得が赤字になってしまった場合、他の不動産所得の黒字と相殺できませんし、他の所得と損益通算もできずに切り捨てられます。反対に、成年後見制度は制限なく全て適用できます。

②信託財産または管理する財産が居住用家屋とその敷地で、親の老人ホーム入居の頭金に充てるため売却したい場合、家族信託は受託者が契約に従い処分できますが、成年後見制度は家庭裁判所の許可が必要です。
居住用財産を売却した場合、所得税の3,000万円特別控除が使えますが、家族信託と成年後見制度のどちらも問題なく適用できます。

(3)終了時
家族信託終了時は、委託者(親)の相続発生の時です。
信託財産の権利(受益権)も委託者(親)が持っているため、相続または遺贈による財産の取得とみなして相続人に相続税が課されます。
信託されていた財産のうち居住用家屋とその敷地については、空き家になる場合、売却も視野に入れることになると思います。
この時注意しなければならないのは、家族信託の終了により取得した居住用家屋とその敷地については、空き家に係る譲渡所得の特別控除の適用が無い点です。
2022年12月20日付東京国税局文書回答事例によれば、「~帰属権利者による残余財産の取得を相続人による相続又は遺贈による財産の取得と同様に取り扱うことは相当ではないと考えられます。」とされ、適用できない旨の説明がされています。
これはデメリットのため、家族信託を利用したい場合は、信託期間中にご自宅の売却を検討する方がよろしいと思われます。
なお、成年後見制度については、一定の要件を満たせば、問題なく適用できます。

4.終わりに

以上になります。いかがでしょうか?
今回は、最近注目されている民事信託について取り上げました。何か参考になれば幸いです。
成年後見制度より柔軟な財産管理と運用ができそうですが、デメリットもありました。そこに配慮しつつ、納得のいく相続対策をされてください。
なお、小規模宅地等の特例についての適用関係についても触れたかったのですが、ここは不明確な部分がありますので省略いたしました。個別で対応すべき案件だと思います。
次回以降は2次相続対策または共有対策の観点から、家族信託がどのように使えるのかを検討したいと思います。
引き続き精進して参ります。

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